
10月上旬、よく晴れた日の午前。港でレンタサイクルを借りて、坂道を登って黒島天主堂を目指した。
九十九島で最大の有人島、黒島。人口はおよそ400人の小さな島だ。のどかな田園風景のなかを進んでいくと、赤いレンガの教会がふいに現れた。「こんなところに教会があるなんて」――それが、最初に目にしたときの正直な感想だった。
この記事では、実際に訪れて感じたことをもとに、黒島天主堂の見どころと、見学の前に知っておきたいポイントを紹介する。
なぜ、小さな島にこんな教会が?|ざっくり歴史
黒島は、もともと平戸藩の放牧場だった。1802年に放牧場が廃止されると、禁教の時代に信仰を隠して暮らしていた潜伏キリシタンたちが、外海地区などから移り住んでくる。すでに島で暮らしていた仏教徒とは、大きな対立もなく、共存していたと考えられている。
転機は1865年。長崎の大浦天主堂での信徒発見をきっかけに、黒島の信徒たちも信仰を告白し、全員がカトリックに復帰した。やがて信者が増え、木造の教会(初代は1879年)に入りきらなくなると、マルマン神父の設計と、信徒たちの資金と労働奉仕によって、約2年をかけて1902年に現在の天主堂が完成する。マルマン神父が日本で手がけた教会のうち、現存するのはここだけだという。
外観|島の土と石でできた、赤いレンガの教会
近づいてまず目に飛び込んでくるのは、赤いレンガの壁だ。使われたレンガは約40万個。その一部は、黒島の赤粘土を使って島内で手焼きされたもので、基礎や入り口には島特産の御影石(黒島みかげ)が使われている。島の土と石でできた教会であることが、いちばんの見どころだ。
レンガの壁に日本の瓦屋根が載る、和洋折衷のつくりも面白い。正面には円形のバラ窓があり、入り口を見下ろすように、四角錐の屋根をもつ鐘塔が立っている。
ちなみに、半円形の祭壇部が見える背面は、この日は見に行かなかった。次に訪れるときの宿題にしたい。

堂内|撮影できないからこそ、目で確かめたい
堂内は撮影ができない。扉を開けて中に入ると、思っていたよりずっと広く、厳かな雰囲気に包まれていた。撮影できないぶん、一つひとつをしっかり目に焼き付けようと思った。
見てほしいポイントは3つ。まずは天井。アーチ状の骨組みが交差する「リブ・ヴォールト」という造りで、「コウモリ天井」とも呼ばれている。中に入ったら、ぜひ見上げてみてほしい。次に足元。祭壇の周りの床には、約1800枚の有田焼のタイルが敷き詰められている。そして、正面のバラ窓やステンドグラスから差し込む光。柱の列で中央の身廊と左右の側廊に分かれた三廊式の空間に、時間帯や天気によって違った光が入る。
ほかにも、天井や扉の手描きの木目、マルマン神父がフランスから持ち込んだ御像やアンジェラスの鐘など、細部にも目を向けてみてほしい。
お堂の中には、島の小学生が黒島や天主堂の魅力をもっと多くの人に知ってほしいと作った、手作りのスタンプも置かれていて、なんだかほっこりした。
写真には残せなかったけれど、その場で目にした光景は、きっと記憶に残るはずだ。見学には事前連絡が必要なので、出かける前に次のルールを確認しておいてほしい。

見学前に必ず確認|ルールとマナー
黒島天主堂は、今も島の人々が祈りを捧げる場所です。見学の前に、次のルールを確認しておきましょう。
祈りの場にふさわしい振る舞いを。 堂内では帽子を脱ぎ、静かに拝観します。堂内の物には触れないようにしましょう。
事前連絡が必要です。 受付は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター」です。オンライン登録は訪問の2日前まで。前日と当日は電話(095-823-7650)で受け付けています。
見学できない日時があります。 日曜の午前中と、ミサや葬儀などの教会行事の際は見学できません。
見学受付の時間: 9:00〜12:00、13:00〜16:00(※最新の情報は公式サイトで確認してください)
堂内は撮影禁止です。

まとめ|島の人々の祈りと手仕事が形になった教会
黒島天主堂は、禁教の時代を信仰とともに生き抜いた人々が、島の土と石、そして自分たちの手で築いた祈りの場だった。
島で出会った人たちは、気さくで優しい人が多かった。そして島のいたるところに、歴史が息づいているのを感じた。
黒島を訪れるなら、事前連絡を忘れずに。静かな気持ちで、ぜひ自分の目でその姿を確かめてみてほしい。
黒島天主堂への行き方
黒島ウェルカムハウスから天主堂までは、レンタサイクルで約15分です。フェリーの時刻や運賃、島のその他のスポットは、黒島のモデルコース記事で紹介しています。
日本一の島数を誇る長崎県に住んでいます。
デトックスとして島を巡っていたところ、今ではすっかり島旅の魅力に取りつかれてしまいました。
趣味のカメラを片手に、歩き旅をすることが多いです。
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